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キング・クリムゾン 50th
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クリムゾン50周年記念企画「キング・クリムゾン50」

プロローグ

1969年1月13日、
ロンドンのフラム・パレス・カフェでロバート・フリップ、マイケル・ジャイルス、イアン・マクドナルド、グレッグ・レイクそしてピート・シンフィールドがジャイルス、ジャイルス&フリップを母体に発展した新バンドのリハーサルを開始しました。

新しいバンド名は”キング・クリムゾン”。
プログレッシヴ・ロックのみならず、ロックの歴史にその名を残す名バンドがこの日誕生したのです。

2019年、キング・クリムゾンは結成50周年を迎えました。
2014年に現行ラインナップで復活したクリムゾンは毎年ツアーを行い、今年も50周年記念ツアーを行うことが既に発表され、1995年以来となるロンドン、ロイヤル・アルバート・ホール公演ほかヨーロッパ、北米公演の日程が既に決まっています。

キング・クリムゾン50周年を祝し彼らのレーベル、ディシプリン・グローバル・モービル(DGM)では様々なオーディオおよびヴィジュアル商品、記念グッズ、イベントを企画していますがその第一弾として2019年1月13日より「キング・クリムゾン50」と題したシリーズ・イベントがスタートします。

DGMの社長でプロデューサーでもあるデイヴィッド・シングルトン監修のもと1月13日より50週間、毎週1曲ずつキング・クリムゾンのレア・トラックをストリーミングで公開していくという企画です。膨大な音源アーカイヴを有するDGMの保管倉庫を総ざらいし、「キング・クリムゾン50」でしか聴けない貴重なトラックをピックアップ。曲の背景やエピソードを紹介するデヴィッド・シングルトン(時にはメンバーがシングルトンに代わり曲紹介することもあるとのこと)の音声コメントとともに公開していくという企画です。

WOWOWエンタテインメントでは日本のキング・クリムゾン・オフィシャル・ホームページで毎週シングルトンの音声コメント訳を添え、「キング・クリムゾン50」楽曲を紹介して行きます。
記念すべき第1回は1991年当時の所属レーベル、ヴァージンが企画したボックス・セット『フレーム・バイ・フレーム』のラジオ・プロモーション用に制作された「21世紀のスキッツォイド・マン」の幻のラジオ・エディット・ヴァージョン。

この曲を皮切りに毎週貴重な音源を公開して行きます。
是非毎週チェックしてください!

ハッピー・バースデイ! キング・クリムゾン

#15 : 「Travel Weary Capricorn/Mars」

2019.04.22 公開


【コメント:日本語訳】

“Travel Weary Capricorn”と“Mars”
『EPITAPH』より

以前、“Yoli Yoli”と1983年の失われたアルバムについて解説している時に思い出したのですが、第一期キング・クリムゾンによって1969年に書かれた楽曲の中で、『IN THE COURT OF CRIMSON KING』に収録されなかったものも当然存在します。

これらのスタジオ・ヴァージョンはありません。
が、このラインナップによる最後の公演地、1969年12月サンフランシスコ、フィルモア・ウェスト公演の質の良いライヴ音源は残っています。

テープは2本あり、1969年12月14日、12月15日とはっきり記されています。従って、『EPITAPH』のボックスセットを制作した際、そのまま使用しました。

しかし、アーカイヴ作業の常として、問題が起こりました。

その後ポスターや日記を調べたところ、どうやら最後のコンサートは12月15日ではなく14日らしいのです。

テープの日付は信用してはいけません!

場合によっては、どの音源がどのコンサートであっても構わないかもしれませんが、この場合はとても重要なのです。なぜなら、どちらかの“Mars”は、このラインナップが発した最後の音となるからです。

12月14日と記されたテープの最後では、グレッグ・レイクが「また明日!」と言っているので、明らかに最終公演ではありません。

となると、もともと12月15日と書かれていた方の“Mars”こそが最後の演奏ですね。
この時のグレッグ最後の言葉は「ありがとう、グッドナイト、またいずれ」でした。

ただ、本当の締めの言葉はイアン・マクドナルドだと思うのですが、シンプルに「グッバイ」です。

それでは聴いてください。
1969年、サンフランシスコのフィルモア・ウェスト
12月13日の公演から“Travel Weary Capricorn”、
12月14日の公演から“Mars”
エディット・ヴァージョン


#14 : 「FraKctured」

2019.04.15 公開


【コメント:日本語訳】

FraKctured

『The ReconstruKction of Light』より

みなさんの中で、我々のハイレゾ/サラウンド・リイシューをフォローしてくださっている方々はご存じだと思いますが、次のリリースは『The ConstruKction of Light』になる予定です。

ところが、そこにはものすごく些細な問題があって……

『The ContruKction of Light』のマルチトラック・テープ完全版はもうこの世に存在しないのです。

もともとアルバムは1999年に、ナッシュヴィルにあるエイドリアン・ブリューのスタジオで録音されました。その時使われたのは、初期のデジタル技術A-DATだったのですが、このテープは我々の手元にあります。

このデータはのちに、コンピューターの初期編集システムに移行されたのですが、この時点でようやくドラム・パートが最終決定されました。

しかし2006年にエイドリアンのサウンド・エンジニアが急死したことで、コンピューターのデータも永久に失われてしまったのです。

というわけで、我々の元にアルバムはありますがドラムが入っていません。でもそんなこと、大した問題じゃありません!

やる気に満ちあふれたパット・マステロットが、これを、アルバムを“リ・イマジン”する良いチャンスだとポジティヴにとらえたのです。そして『The ConstruKction of Light』のすべてにドラム・パートを加えるという任務を遂行しました。しかも、オリジナル・ヴァージョンの電子ドラムを真似するのではなく、彼なりに新しいパートをアコースティック・ドラムで叩きました。

実は日本に滞在中、パットはネットオークションで、リンゴ・スターのコレクションの中からとてもレアなタムを見つけて落札していました。それがこのレコーディングで、キング・クリムゾン・デビューを果たしています。

聴いてみてください。
『The ReconstruKction of Light』より
“FraKctured”


#13 : 「Yoli Yoli」

2019.04.08 公開


【コメント:日本語訳】

“Yoli Yoli”
『On (and Off) The Road』ボックスセットに収録。

我々のレア物コレクションの中でも特にエキサイティングなのは、丸ごと“失われた”アルバムです。

みなさんご存じの通り、1981年には『Discipline』、1982年には『Beat』、1984年には『Three Of a Perfect Pair』がリリースされました。

では、1983年にいったい何が。

実際、『Three of a Perfect Pair』は1983年後半にレコーディングされました。が、その年のはじめに頓挫したレコーディング・セッションがあったのです。
1月17日から30日までの間、シャンペーン・アバーナで収録された素材は、アルバムでまったく使われませんでした。

その中の1曲“San Francisco”は、今、BGMで流れています。

その後、コレクターズ・クラブ#21として発表されたり、『On (and Off) The Road』ボックスセットの中のCD『Fragmented』に収録されました。

アルバムが丸ごと1枚分失われるなんて。

これでは『Three Of A Perfect Pair』というより、
Four Of An Imperfect Quartetです!

当時、エイドリアンがバッキング・トラックにヴォーカルを加えるべきだと私から提案したのですが、この“Yoli Yoli”に関しては、マーカス・スタジオですでに歌入れが行われていたので必要ありませんでした。

それでは聴いてください。
『On (and Off) The Road』ボックスセットより
“Yoli Yoli”


#12 : 「Starless/Red (Edit)」

2019.04.01 公開


【コメント:日本語訳】

Starless and Red

さあ、楽しいけれど、議論を呼びそうな時間の始まりです。

まずは基礎知識から。

今のストリーミング/ダウンロード時代に育った若者たちにはわからないかもしれませんが、過去の異なる音楽媒体には時間的制約がありました。

中にはとても短い物もあります。
例えば45回転のシングル盤は、4分以上の音楽を収録するつもりで作られていませんでした。従って“In The Court of the Crimson King”のような長い曲は分割され、アナログ盤シングルの両面に収められました。
ただ、アナログ盤には何とか音を詰め込むこともできて、ブルース・スプリングスティーンは片面に10分も入れてしまったことがあります。

しかしCDには超えられない限界があります。基本ルールでは、74分以上入れないことになっています。実際は80分弱くらいまで収録可能ですが、それ以上はもう、0と1の入る余地はありません。

ここで話しは1991年、クランボーンのトニー・アーノルドのスタジオに戻ります。
ここで私はロバート・フリップと共に『FRAME BY FRAME』ボックスセットの制作を行いましたが、“Starless”と“Red”が一枚のCDに収まりきれないという話しになったのです。

まだまだうぶで、クリムゾンの歴史にも精通していなかった私は、「“Starless”を2分割すればいい」と提案しました。歌の部分と後半のインスト部分です。

まさかこれが音楽的異端だとは、つゆ知らず。

しかし中にはこれを興味深いサプライズだととらえる人々もいました。そしてふたたび同じことを2004年の『21st CENTURY GUIDE TO KING CRIMSON』でも行ったのです。

そして何より、今回このKC50シリーズの中で、キング・クリムゾンの珠玉の名曲2曲を1曲分のお値段で聴けるなんて、素晴らしいじゃないですか!

それではお聴きください。
Starless and Red (edit)


#11 : 「Requiem (Extended)」

2019.03.25 公開


【コメント:日本語訳】

“Requiem” extended version

この曲はもちろんのこと、キング・クリムゾン9枚目のアルバム『BEAT』に収められています。
トリビア的に言うと、同じラインナップで1枚以上のアルバムを作った初めてのラインナップとなります。

また、この“Requiem”で初めて1983年のグラミー賞にノミネートされました。

曲の基本は、1979年のFrippertronics Tourでレコーディングされたフリッパートロニクスにあって、このextended versionでは、冒頭に5分半が付け加えられました。

音楽業界の権利事情について興味がある方。2002年に、この曲のイントロがDJサシャの“Cloud Cuckoo”という曲中でサンプリングされました。
このフリッパートロニクスはもともとロバート・フリップが自主的に録音した物であり、所有権はロバート・フリップ/キング・クリムゾンにあります。それをコントロールしていたのが当時クリムゾン・カタログのリリース元だったヴァージン・レコードです。

あとはみなさんで議論してください。言えることは、キング・クリムゾンでは先例的に、お金をもらって沈黙を演じたということです。

また、今バックグラウンドで流れているように、フリッパートロニクスを半分の速度で再生することも先例的でした。

では聴いてください。
『BEAT』40周年記念エディションより、
“Requiem” extended version


#10 : 「Prince Rupert Awakes featuring Keith Tippett」

2019.03.18 公開


【コメント:日本語訳】

Prince Rupert Awakes featuring Keith Tippett

なのに、今背後で聞こえているのは“Prince Rupert Awakes”ではないですよね?

こちらはちょっとした騒ぎです。“エリーゼのために”やら“God Save The Queen”やらが聞こえてきます。
これは、キースが、同じく『リザード』に収録されている“Big Top”に合わせて詰め込んだピアノ・パートなのです。

なかなかこの上でお喋りするのは難しい。演奏するのも、ましてや他の音楽にフィットさせるのも大変そうです。

キース・ティペットの特徴的なピアノ演奏は、『ポセイドンのめざめ』、『リザード』、『アイランズ』といった、1970年から71年にかけてのアルバムで聴くことができます。

ロバート・フリップは彼を、セッション・プレイヤーではなく、フル・メンバーにしようと誘いました。しかしキースは、自分の未来は別の所にある、と断りました。

キング・クリムゾンの仕事と並行して、自らキース・ティペット・グループを率い、一方ではセンティピードという大規模ジャズ・バンドでもレコーディング活動を行なっていました。このセンティピードのアルバム『SEPTOBER ENERGY』は、ロバート・フリップが1971年にプロデュースしたものです。

さあ、そろそろこの騒ぎから逃れて聴きましょう。
“Prince Rupert Awakes” featuring Keith Tippet


#09 : 「Eyes Wide Open Acoustic Version」

2019.03.11 公開


【コメント:日本語訳】

“Eyes Wide Open”アコースティック・ヴァージョン

これは2003年2月にリリースされるフル・アルバム『THE POWER TO BELIEVE』の4ヶ月前、2002年10月にリリースされたEP『Happy with What You Have To Be Happy With』に収録されています。

以前にも同じパターンで、『THRAK』というアルバムの5ヶ月前、1994年11月にEP『Vroom』がリリースされました。

どちらのEPにも、その後フル・アルバムに収録される楽曲の初期ヴァージョンと、『Happy with What You Have To Be Happy With』の“Potato Pie”や『Vroom』の“Cage”といったユニークな楽曲も合わせて収められています。

そしてどちらも、メインのアルバムに比べリラックス感が漂っているのが特徴的です。おそらくそれは、より小さなスタジオで、時間をかけずにレコーディングされたことの反映です。

それじたい少しも悪いことではなく、違った魅力があります。

私の役割は、ディシプリン内の様々な素材の中から、きちんとした作品を作るための要素を見つけてくることです。

編集作業中、ロバートと私は、“Eyes Wide Open”の冒頭にサウンドスケープを加えました。私の記憶が正しければ、それは(コーンウォールの)ニューリンで収録されたものです。

それでは聴いてください。
『Happy with What You Have To Be Happy With』より、
“Eyes Wide Open”アコースティック・ヴァージョン


#08 : 「Space Groove II」

2019.03.04 公開


【コメント:日本語訳】

Space Groove by ProjeKct Two

1997年、キング・クリムゾンのダブル・トリオはサブグループ化(=FraKctal)し、ProjeKct名義で活動していました。

言うなれば、Invisible King Crimson(透明キング・クリムゾン)。

ProjeKct Twoはエイドリアン・ブリュー、トレイ・ガン、ロバート・フリップの3人で構成され、1997年11月にエイドリアンのスタジオで始まりました。

キング・クリムゾンと言えば最新テクノロジーが役割を果たしますが、ProjeKct Twoの場合はまさに最新中の最新。

エイドリアンが購入したばかりのローランドのV-ドラムが、ロバートとトレイがやってきた時、まだ段ボールに入ったままでした。

エイドリアンが初めてセッティングを行ない、さっそく演奏が始まりました。

その成果が1998年にリリースされたProjeKct Twoのアルバム『SPACE GROOVE』です。

すべてのProjeKctに言えることですが、ここでも演奏はすべて即興。

ひとつの作品として成り立つのはもちろん、キング・クリムゾン発展のためのR&D(研究開発)としても役立ちます。

この先予定されている『HEAVEN AND EARTH』ボックスセットでは、この時期ProjeKctたちが行なった全パフォーマンスを収める予定です。

『SPACE GROOVE』は唯一、オーディエンスのいないスタジオ作品で、ProjeKct初のレコーディングになります。

ではお届けします。
“Space Groove II” by ProjeKct Two


#07 : 「Ladies of the Road」

2019.02.25 公開


【コメント:日本語訳】
“Ladies of the Road”のリミックス

幸いにも、いや、未発表音源を発掘する立場からしたら、残念ながら、と言うべきか、私とロバートは、やり始めたプロジェクトをきちんと完成させる傾向にあります。

しかし、この“Ladies of the Road”のニュー・ミックスは例外的に未完成です。当初は、1991年の『FRAME BY FRAME』ボックスセットに入れる予定でしたが…

何時間もの作業を経た後、アルバムのオリジナル・ヴァージョン以上の物は作れないとの結論に達しました。

それじたい、恥ずべきことではありません。

つい最近、クリムゾンのとある公演後、チャド・ブレイクというオーディオ・エンジニアを紹介されました。

アルバムの裏側を見ればわかりますが、彼はミキシング・エンジニアとしてグラミー賞を受賞しています。手掛けたアーティストは多数。アークティック・モンキーズ、エルヴィス・コステロ、ピーター・ゲイブリエル、パール・ジャム、トラヴィス、等々。

彼は、ふとこんなことを言いました。
ミキシングに関する講義を頼まれたら、まずは、ポップ・ソングの完璧なミキシングの一例として、“Ladies of the Road”のオリジナル・ヴァージョンを聴いてもらうところから始めると。

ほら、ロバートと私はとうてい無理な作業をしていたのです。

従って、この未完成ミックスはずっとアーカイヴに保管されていました。
が、2006年、ボズ・バレルが若くして亡くなり、我々からのトリビュートとして、また、ファンが想いを残せる場所として、DGM Liveのウェブサイトにアップしました。

悲しいことに、イアン・ウォーレスも間もなくして、2007年2月に亡くなりました。

1991年にロバートと私がリミックスし、2006年にDGM Liveにアップロードされたこの“Ladies on the Road”。
今、ボズとイアンに捧げます。


#06 : 「Larks’ Tongues in Aspic Pt 1 (David And Jamie)」

2019.02.18 公開


【コメント:日本語訳】
デイヴィッド・クロスとジェイミー・ミューアの “Larks’ Tongues in Aspic, Pt. One”

これは『太陽と戦慄』ボックスセット内の「Keep That One Nick」に含まれています。

ちなみに、このようなタイトルが付けられたのは、気に入ったテイクがあると「ニック、今のやつキープ」とメンバーが頻繁に言っていたからで、ニックとはスタジオ・エンジニアのニック・ライアンのこと。ニックが忠実に保管していた数々のアウトテイクからコレクションは作られました。

「Keep That One Nick」のプロジェクトは、2012年のはじめ、数週間の困難な編集/ミキシング作業を経て完成しました。

私が覚えているのは、作業が終わり、堂々とロバート・フリップに試聴してもらった時のことです。私の背後に座り、一時間ほど黙って聞いたあげく放った言葉は

「まあ、2分くらいは良いところもあった」

幸い、こんなことも言ってくれました。

「一方で、君が良いと思うんなら、私としては入れてくれてもかまわんが」

その後、最初のレビューが、「「Keep That One Nick」のためだけにこのボックスセットを買う価値はある」と書いてくれたことで私は救われました。

考えてみれば、ロバートがこのCDを楽しめない、世界で数少ない一人であるのはしかたないことです。なぜなら、ここにあるのはアルバムから外れたアウトテイクばかりで、外部の人間には魅力的でも、外した本人であるロバートにとっては、それを延々と聞かされるなどちっともおもしろくないわけです。

デイヴィッド・クロスとジェイミー・ミューアのパフォーマンスは、実に心が通い合っています。

となると、もし、オートハープを固定していたテープが最後の最後にズレなければ、演奏は未完にならず、ひょっとしたら“Larks’〜”のミドル・セクションは違っていたかもしれない、と思わざるをえません。

そんなデュエット、バイオリン、デイヴィッド・クロスとオートハープ、ジェイミー・ミューアによる“Larks’ Tongues in Aspic, Pt. One”のミドル・パートをお聴きください。


#05 : 「Inner Garden」

2019.02.12 公開


【コメント:日本語訳】
『THRAK』ボックスの『JurassiKc THRAK』に収録されている「Inner Garden」完全版。

キング・クリムゾンのボックス・セット制作は慣例に基づいています。数多くのセッション・テープを聴きあさり、バンドがスタジオで残した、様々な興味深い別ヴァージョンを探すのです。

それらを編集して、あたかも我々が、曲が書かれ、演じられた現場にいたかのようなオーディオ・ドキュメンタリーを作成します。

『THRAK』ボックス・セットもまさにそうでした。「Inner Garden」という曲も、それが書かれ、レコーディングされていく様が段階的に残っていました。バンドがレコーディングしている最中はテープを回しっぱなしにしていたからです。

特にこの時の演奏は、ずっと私の脳裏に焼きついていました。

おもしろいのは、『THRAK』を知っていても、「Inner Garden」は必ずしも目立つ存在ではないこと。「Dinosaur」「Sex Sleep Eat Drink Dream」「Vrooom」「B’Boom」「Thrak」「Walking On Air」など、素晴らしい曲ばかりですから。

そして興味深いのは、アルバムでは、「Inner Garden」は1曲ではなく、2曲に分かれています。当時、私はロバートと共にアルバム制作に携わりましたが、なぜ2曲に分かれたのか、まったく覚えていません。

ただ、わかっているのは、当時のレコーディング・セッションから残されたこの宝物では、ロバートとエイドリアンは1曲として演奏しています。私個人としては、アルバムの2曲バージョンよりこちらの方が思い入れが強いかもしれません。

そう考えると、これは完璧なアウトテイクです。
形は異なりますが、優れた価値があります。

というわけで、1994年「THRAK」のレコーディング・セッションより、「Inner Garden」の初期スタジオ・ヴァージョンをお楽しみください。


#04 : 「Law of maximum distress」

2019.02.04 公開


【コメント:日本語訳】
「ザ・ロウ・オブ・マキシマム・ディストレス(最大苦難の法則)」と「詭弁家」

このエピソードは、アーカイヴの中でも特にお気に入りです。

どこから始めましょうか。

「The Law of Maximum Distress」は1973年11月にチューリッヒで披露された即興ピース。
19年後の1992年に、私とロバートとで、『THE GREAT DECEIVER』ボックスセット用にミックスしました。

その時すぐ明らかになったのは、テープが途中で切れていることです。まず前半の6分半があって、別のテープに最後の2分半が入っていました。

「The Law of Maximum Distress」というタイトルは、すなわち、「悪いことは一番起きて欲しくない時に必ず起きる」という意味でもあります。

10年ほどは、まさにそう思っていました。なぜなら、テープが切れる瞬間こそ、インプロヴィゼーションがクライマックスを迎える時だったからです。

でもその後、コレクターズ・クラブで完全再現するために、1973年のこのコンサートを見直してみることになりました。

アレックス・マンディと二人でブートレグを聞いていると、“失われた”部分が出てきたのですが……

それは、まったく別物、『STARLESS〜』に収録されている「The Mincer」であることが一瞬にして判明しました。

想定外でした。

テープが切れたのではなかった。バンドがアルバム『STARLESS AND THE BIBLE BLACK』を準備する際、ミドル・セクションをまるまる切り抜いてスタジオに持っていき、そこに演奏を重ねて「The Mincer」を完成させたのです。

つまりこれは、マーフィーの法則でも“最大限の苦悩の法則”でも何でもなく、完全なる自傷行為だったのです。

となると、修繕も可能なはず。

でもそれは、残念ながら、切り取られたパートを復元するという簡単なものではなかったのです。なぜなら、「The Mincer」のマルチテープは、我々がアーカイブに所有しない、数少ない一本だったからです。

そのため、代案を考えました。

コレクターズ・クラブ41では、ブートレグ音源を欠損部分に当てて使用しました。これで、コンサートで演奏されたとおりの即興を再現することができます。ただブートレグ部分の音質が劣るため、満足とは言えない出来でした。

『STARLESS〜』ボックスセットでは、違うアプローチを試しました。

1993年にロバートと二人でミックスした「The Law of Maximum Distress」パート1と、『STARLESS〜』に収録されている「The Mincer」をデジタル編集し、そのあとに「The Law of Maximum Distress」パート2を付け加えました。

簡単な編集ではなく、デジタルな“ごまかし”を施すことでうまく行きました。でもこれで、オリジナル・ヴァージョンの精神が、より良い形でよみがえったのです。

聞いてください。
「The Law of Maximum Distress」meets「The Mincer」

いえ、今ならこちらのタイトルの方が適当かもしれません。

「The Law of Self-inflicted Distress」(自らが招いた苦悩の法則)


#03 : 「Cadence and Cascad」

2019.01.28 公開


【コメント:日本語訳】
ケイデンスとカスケード 4シンガー・ヴァージョン
「Cadence and Cascade」

50周年記念のまだ3曲目ですが、暗黙のルールをすでに破ってしまいました。

事をシンプルに運ぶために、ここでは既存曲のみを披露し、新たなエディットやレコーディングは作らないつもりでした。

しかし「Cadence〜」の場合、果たしてどのヴァージョンを使うべきか、という難問が生じました。

キング・クリムゾンならではのことですが、同じバッキング・トラックに、4人のシンガーが歌をのせています。

過渡期を反映しているとも言えます。1969年にグレッグ・レイク、マイケル・ジャイルズ、イアン・マクドナルドが脱退したことで、1970年の『ポセイドンのめざめ』は、ロバート・フリップとピーター・シンフィールド二人によって作られました。
グレッグとマイケルはセッション・ミュージシャンとしてアルバムに参加していますが。

最初に聞こえてくるのはゴードン・ハスケルで、これがアルバムに収録されている“公式”ヴァージョン。

次がグレッグ・レイク。彼は『ポセイドン〜』の他の全曲を歌ってますが、「Cadence and Cascade」は歌っていないと思われていました。しかし、例によってアーカイヴはそれを否定し、彼とのセッションを残していました。間違いなく、バッキング・トラックに合わせて歌うグレッグの声です。しかし、最終的な歌入れというより、ガイド・ヴォーカルであった可能性は高いでしょう。

21年後の1991年、ロバートは『FRAME BY FRAME』ボックス・セット用に「Cadence〜」を歌わないかと、エイドリアン・ブリューに声をかけました。

そして最後に、忘れてはならない、現在のバンドで「Cadence〜」を歌うジャッコ・ジャクスジックです。

今回4人のシンガーを合体させて出来上がったのがこのニュー・エディットとなります。


#02 : 「The Terrifying – Tale of Thela Hun Ginjeet – [Live, Mixed, Philadelphia, Pa, July 30, 1982]」

2019.01.20 公開


【コメント:日本語訳】
テラ・ハン・ジンジートにまつわる恐ろしい話 – 語り:ロバート・フリップ〜語り:エイドリアン・ブリュー〜ライヴ:1982-07-30 マン・ミュージック・センター、フィラデルフィア、PA

「The Terrifying Tale of Thela Hun Ginjeet」は、ほぼ読んで字のごとく。

ロバート・フリップと働き始めた頃、彼が、この曲の中の、エイドリアン・ブリューのストリート・トークの由来を話してくれました。言うまでもなく、これは1981年にリリースされた『DISCIPLINE』の収録曲ですね。

その後、アーカイブを調査している際、ロバートが1981年に、まさにこの曲を解説している音声を発見しました。
おそらく、ニューヨークのワーナーブラザースを訪れ、アルバムを売るようハッパをかけた時、営業部長にでも話していたのでしょう。

それを今回使ってみました。

そして、もう一本カセットが出てきました。エイドリアンが、道端で絡まれた時のエピソードを話しています。それをスタジオ・ヴァージョンの原曲にナレーションとして加えました。

これはライヴでも使われていたので、3つの素材を合体させています。

最初にロバートが、なぜエイドリアンが町中に送り出されたのかを説明します。次にエイドリアンが、その町中で何が起きたかを語ります。そのまま曲へと流れ、ここでは、1982年のフィラデルフィア公演が使われています。

こうして3つ合わせて出来上がったのが「The Terrifying Tale of Thela Hun Ginjeet」です。もともと、2008年の短いキング・クリムゾン・ツアーの、ツアーボックス/オーディオ・ツアー・プログラム用に作られました。

それではお楽しみください。


#01 : 「21st Century Schizoid Man 1991 Radio Edit」

2019.01.13 公開


【コメント:日本語訳】
ようこそ! 私は「King Crimson 50」のプロデューサー、デイヴィッド・シングルトンです。

キング・クリムゾンの50周年を祝うため、1月13日より毎週1曲、レア曲や興味深い曲を計50曲リリースしていくことになりました。
1月13日はキング・クリムゾンの誕生日ですね。1969年のこの日、ロンドンのフラム・パレス・カフェで彼らはリハーサルを始めました。

記念すべき1曲目は、「21st Century Schizoid Man」。デビュー・アルバムのオープニング・ナンバーですからとても相応しいと思います。

このヴァージョンは、私自身が初めてバンドと関わったものでもあります。ロバート・フリップとの初仕事は、1991年の、『FRAME BY FRAME』ボックス・セットの制作でした。

このラジオ・エディットが生まれた時のことは今でも鮮明に覚えています。
当時のヴァージン・レーベルは、この曲のラジオ用ヴァージョンを希望していました。ボックス・セットを宣伝するためです。でも、ロバートはこう言い放ちました。「7分30秒以下なんてありえない」と。
すると、あの頃はまだキング・クリムゾン初心者だった私は、ついこんなことを口走ってしまいました。「そうですか? 最初に聞いた時、最初のヴァースも、次のヴァースも、その次のヴァースも最高だけど、途中のソロは何のためにあるのか理解できませんでした。だからショート・ヴァージョンも可能なのでは?」と。

ユーモアのセンス抜群なロバートは、それを聞いて、だったらその通りのエディットを作ってみなさいと言いました。

果たして今、満足できるヴァージョンかはわかりませんが、ここにお届けします。
1991年の、「21st Century Schizoid Man」ラジオ・エディット。